ジョン万次郎

某国営放送で毎年放送される大河ドラマ、

もう来年は黒田官兵衛で決まりだそうですが

大河ドラマの主人公次第で

ゆかりの地が潤うかどうかが掛かっているので

各自治体が躍起になって陳情書を放送局に送っているそうです。

 

その中で高知県の有名人として真っ先にあがるのは

坂本龍馬ですが(最近もやってましたが)、

それ以外で注目されているのがジョン万次郎です。

 

 本名 中濱 萬次郎

(文政10年1月1日(1827年1月27日) –     

            明治31年(1898年)11月12日)

画像 Wikipediaより

 

現在の土佐清水市に漁師の子として生まれ様々な経緯を経て

幕末に日米和親条約締結に尽力した人物と

教科書ではほんの2~3行くらいの説明で終りますが、

その2~3行に込められた内容が滅茶苦茶濃いです。

以下箇条書きです。

 

土佐の漁民として少年時代を過ごす。ある日、漁に出たときに船が台風に巻き込まれ仲間と4人と漂流してしまう。
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小さな船は運良く太平洋の孤島へ流れ着くが無人島。そこで雨水を飲み、鳥の卵を食べ、数ヶ月を生き延びた。
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幸運なことに、アメリカの捕鯨船が無人島へ水の補給に立ち寄ってきた。その時にアメリカ船員に救助される。
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鎖国中なので捕鯨船は日本へは行かず、ハワイへ向かう。万次郎は船上で捕鯨の仕事を手伝いながら英語を習得していく。
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働き者の万次郎は船長や船員に気に入られる。ハワイで万次郎以外の3人は船を降りたが、万次郎はそのまま捕鯨船に残る。
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万次郎を乗せた捕鯨船はアメリカ本土へ帰港。万次郎はアメリカ本土で船長の養子息子として学校へ通い出す。
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万次郎、勉強しまくって成績優秀になる。しかも大学にも通う。船舶技師や捕鯨技師として一級の人材になる。
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万次郎、アメリカで捕鯨船員をしながらアメリカ人として暮らす平和な数年間。アメリカでリア充生活を送る。
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アメリカ人の彼女も作って結婚も考えたが、彼女が遠洋漁業に出ている間に病死してしまった。泣き叫ぶ万次郎。
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ホームシックになった万次郎は日本帰国を決意。しかし資金がない。そこでゴールドラッシュにかけて金山へ。
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奇跡的に万次郎の一団が大金鉱を掘り当てる。万次郎、超金持ちになる。運命のチート発動。
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万次郎は大金をはたいて遠洋漁業船を購入。日本へ向け太平洋横断の大航海に出航する。
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途中ハワイに寄って別れた日本人3人を拾いにいく。しかし一人は病死、一人は現地で結婚していていた。
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万次郎はぼっちの日本人1人だけを連れて行く事にする。
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いきなり土佐に行くと外国船は打ち払われるので、まずは琉球へと向かい、そこから日本へ戻ることにした。
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船は無事に琉球に着くが、1年近く取り調べられ、やっとこさ土佐への帰郷を認められる。
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この時、土佐漁民としての身分を剥奪される。出航禁止命令。以後は農民として陸で暮らす条件つきで帰郷する。
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しかし時代は幕末、江戸にペリーが来航し黒船騒動。英語が出来ない幕府は交渉が出来ずに困り果てる。
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アメリカ帰りの万次郎のうわさが幕府に流れる。農民で英語万能な万次郎は通訳として江戸城へ呼ばれる。
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江戸城には武士しか上がれないので、万次郎は異例の身分昇格。なんと旗本にジョブチェンジ。万次郎は武士になった!
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武士になった万次郎は通訳として大奮闘。アメリカの知識を求めて来る幕府の重鎮や維新志士は多く、どんどん仲良くなる。
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やがて明治維新が始まる。日本大混乱。鳥羽伏見の戦いで幕軍敗走。江戸城無血開城。明治新政府誕生。日本開国へ。
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ここでも万次郎の英語が大活躍。アメリカの現状、交渉術、船舶知識なども豊富な万次郎はそのまま新政府の役人になる。
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その後も明治維新の一端を担う存在として日本に尽くす。晩年は土佐へ戻り、母や家族と静かに暮らした。

 

 

これこそドラマ向きな生涯じゃないでしょうか。

是非映像化してもらいたいものです。

 

頑張れ高知県 土佐清水市!

 

大阪店営業部  潮

 

パフェ革命

パフェと言えば子供の頃に運動会で頑張った時や何かの祝い事の時など特別な時に食べれた・・・あの頃は目をキラキラ輝かせていたはず!!そんなイメージ

 

しかし大人になればフェミレスやカラオケいろいろなところで気軽に案外手ごろに食べれるようになりましたが中身と言えばアイスに・コーンフレークにチョコソース・果物がポイントにのっているような物・・・・目がキラキラしません・・・

 

しかし見つけてしまったのです。町田にあるカフェ中野屋さんを!!パフェ革命!!

たまたま町田に用がありふらりと寄ったこのお店うどんとパフェが自慢のオシャレなカフェです。お客様は、ほとんど女子のみ!!やっぱり甘いものに目がないのは、女子ですよね~そんな私もその中のひとりです。

 

基本メニューと季節のメニューがあります。素材には旬がありますからやはり旬な物は無条件に美味しいものです!!ここのパフェのすごいところは見た目・味だけではなく以外な組み合わせです。お米のつぶつぶが入ったアイスや青海苔が入った麩饅頭などわたしが想像できないものばかり!!お店に行くたびに目がキラキラ・気持ちがわくわくでいっぱいになるのでした。

 

 

 

 

しかしこのお店私の家から電車を乗り継ぎ1時間半はかかりますが、月に1度くらいパフェの為に町田に行くのが楽しみで仕方がないのでした。

 

商品センター  西川

金のお話④

私どもの取り扱っている高額品で代表的な物はK18商材です。

私も営業の際、K18商材は当たり前の様に高い物としてご提案してきました。

しかし、改めて「金」とは?と考えてみると、実際なんなのか分からなくなってしまったので、ちょっと「金」について調べてみました。

 

『K18の色』

純金であれば例のごとく黄金色ですが、配合する金属によって色合いが変化していきます。

よくアクセサリーなどに使われる配合は3種類ありそれぞれ違う金属が配合されています。

 

「イエローゴールド」

金、銀、銅をそれぞれ15:3:2で混ぜたもの。色味的には、本来の黄金色にやや赤味がかった黄色になる。

 

「ピンクゴールド」

合金後の赤味のかかった色を指してそう言う。イエローゴールドのうち、銀と銅の比率を逆転させたもの。金15:銀3:銅2の比率が基本。

 

「ホワイトゴールド」

プラチナの代用品として開発されたのがプラチナゴールド。

金と銀の他にニッケルを使うと、ハードホワイトゴールド、パラジウムを使うとソフトホワイトゴールドになります。比率は金15:銀3:ニッケルorパラジウム2。

 

 

三共社大阪店  内田

“ 天然 なめこ ”

今年は猛暑が続き記録的な気温を更新したり、台風や雨も続きなかなか秋らしい涼しさが感じられませんでした。

キノコも暑い時期に出る“チタケ”は豊作でしたが、それ以降はすべてタイミングをはずし、豊作と言われた松茸も時期を逃し撃沈でした。

しかし、秋も終盤になり、山々の紅葉が終りかけると出てくるキノコで何とか帳尻を合わせたシーズンでした。

今回は木々もかなり落葉して地面から生えるキノコは見つけづらいので、倒木・枯れ木が狙いで、“なめこ”“クリ茸“”ムキ茸“”シメジ“が狙い目でしたが、ご覧のとおり!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なめこ

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリ茸

 

 

 

 

 

 

 

 

  ムキ茸

 

 

 

 

 

 

 

 

地下足袋で足元を固めて山に入ります。こいつは急斜面や木の上ではしっかり斜面をつかむので最高に良い履物です。

周りをキョロキョロ! 時々立ち止まり、じっくり見回します。

やはりコツは労を惜しまず行動範囲を広げて歩き回ることです。それと感と執念です。

森の再生に絶対に必要なキノコ!倒木を何十年もかけて土に返す役割をします。

毒キノコも立派に役に立っています。何か社会に通じるものを感じます。

山の恵みに感謝!しかし、山の恵みは地元で生活の糧にしている方もいるので、謙虚にほどほどにいただく事にしています。

                                                                                                  商品センター 本郷

秩父路にも紅葉前線がやって来ました。

11月初旬に秩父市に訪問致しましたが、ようやく秩父路に紅葉の季節を迎えました。

 

 

毎年今頃の季節は紅葉の真っ盛りで観光客が沢山いらしている時期ですが、今年は10月まで暑かった為、地元の方も山の紅葉が遅れ気味との話でした。

 

 

私が寄った、道の駅ちちぶ、でも廻りの木が紅葉を始めたばかりの状況でした。

 

 

此の道の駅には、ちちぶの水と言う湧き水があり、観光客とか地元の方たちがポリタンクに湧き水を入れて持ち帰る方たちが何時も大勢いらしている状況です。

 

 

ちちぶの水の原水は武甲山と浦山川の地下水を水源としている為、安全でおいしいと地元で評判で、そば屋さんとかラーメン屋さんが持ち帰って使用されている店が有るとの話でした。

 

又、道の駅の後ろ側には武甲山が見えるのですが、此の秩父のシンボル的な山である武甲山も昔から石灰等を掘る山の為、山頂が削れている状態でしたが、現在は秩父のセメントの会社の作業方法が変りまして山の地下にトンネルを掘ってから石灰を掘り出す作業工程に変ったとの事で、現在は山が削れていく状況が止まっているとの話でした。

 

 

さらに秩父路には季節ごとに楽しめる観光地が澤山有ますので、出来れば仕事以外で観光に行く事をお勧め致します。

 

この時期に成りますと、お勧めは、何と言っても秩父の夜祭です。

秩父では、12月の初旬に秩父の夜祭が行われます。

秩父の夜祭は、秩父神社の例大祭で、京都の祇園祭、飛騨高山祭と共に日本三大曳山祭りのひとつに数えられており、江戸時代から300年あまり続く伝統的な祭りが開催されます。

秩父神社から1Kmほど離れた御旅所に向けて6台の笠鉾・屋台が進むのですが、同時に花火が秩父公園から打ち上がさまは冬の夜空を焦がして絶景ですのでぜひ時間の取れる方は、一度は見に行かれれば良いと思います。

 

 高崎店営業部  藤川

BANFF Mountain Film Festival

先日、大阪梅田にて開催された

バンフ・マウンテンフィルム・フェスティバル映画祭

を鑑賞してきました。

 

世界40カ国以上で上映されており、

簡単に言うと

世界中のスキー、マウンテンバイク、クライミング、南極横断などの

冒険を人間離れした体力、技術、精神力で

目標に向かって頑張っている人達のドキュメント映画です。

 

アウトドアはほとんどたしなんでいないのですが、

アウトドア好きでなくても楽しめます。

 

数々の作品から選ばれた数分から30分くらいの短編を見る形で

最後にグランプリを取った作品を見ます。

 

登場する方達は相当人間離れしてまして、

人ってこんな力を秘めてるのかと驚き、

自分がどれだけ秘めてるかもしれない力を

使っていないのかと思います。

 

でも内容が恐ろし過ぎて、絶対自分ではしたくないですが…

 

グランプリをとった作品が終わった時は会場中拍手に包まれました。

毎年開催されてますので、機会が有れば是非おすすめです。

 

http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=lH37yetq-7E

 

 

三共社大阪店  矢原

アイソン彗星

昨年、金環日蝕を観て以来、俄か天文ファンになりました。

とはいえ、基礎知識もなく、天体望遠鏡を持っているわけでもなく、何よりスモッグとネオンの光溢れる都会のど真ん中に住んでいる素人には、星を眺めるのも一苦労というのが現実であります。

 

素人にもわかりやすい、そんな星はないものかとぼやいていましたら、文字通りの大スターがやってきてくれます。

 それが11月下旬から12月にかけて明るくなると期待されているアイソンには彗星です。

一説では、人類史上最大の彗星だの、満月と同じくらいの明るさだのとも言われ、ミーハーな俄か天文ファン(勿論、私のことであります)は小躍りして喜んだものですが、どうやら、当初の予測ほど明るくならないまま動いているようです。

このままでは太陽に最も接近したときでも、マイナス6等(宵の明星と同じくらい)程度にとどまるであろうとのこと。太陽に近づきすぎても彗星は見えないので、実際に見えるのは太陽に最も近づく日11月29日の前後数日、果たしてどのくらいの明るさでいてくれるでしょうか。

 

彗星の明るさやどのような見え方になるかという予測は相当難しいようで、太陽に近づく前に消滅しちゃった、なんてこともあるかもしれません(あってほしくないですが)

 

実際来てくれるまでどうなるかわからない、だからこそ、期待も高まります。

 11月後半には双眼鏡でも見つけられる程度の明るさになるそうです。下旬以降なら肉眼でも見えそうです。

しばらくは眠い目をこすりつつ、明け方の東の空を眺める日が続くことでしょう。

 

三共社大阪店  山本

れえこお

<れえこお>とは

別名 冷コー、コールコーヒー、アイスコーヒーのことです。

 

 

関西地区の年配のおじさん、おばさんは<れえこお>といいます。

 

<れえこお>に纏わる昔話を披露します。

 

まだ無垢な高校一年生の時、

憧れの部活の先輩(男性)に

部活の帰りにサテンとやらに誘われました。

 

サテンの意味も解からずついていくと

薄暗い喫茶店でした。(当時の純喫茶)

 

純喫茶でドキマキしているとウエイトレスが来て

先輩は<れいこお>を注文しました。

 

私もわけが解からず同じものを注文しました。

 

運ばれてきたものは真っ黒の液体上に

2ミリ程度の真っ白なものが浮かんでいました。

 

かき混ぜて飲んでみると

子供の頃、銭湯でよく飲んだビン入りのコーヒー牛乳の濃い味でした。

 

感動しました。

 

それ以来、喫茶店に

行くと冬でもアイスコーヒーを注文します。

 

 

                              大阪店営業部  土原

 

 

 

群馬の紅葉

皆様ご存知でしょうが、

群馬県は四方を山に囲まれております。

紅葉のスポットには事欠きません。

 

 そこで私の独断ですが、

群馬県の紅葉ベスト3をご紹介したいと思います。

 

第3位 吾妻渓谷

 上毛カルタにもある通り、耶馬溪しのぐ?

程の素晴らしさです。

 

 

 

第2位 妙義山

 中国の水墨画を思わせる山姿と、

紅葉が相まった様は一見の価値アリ!です。

 

 

 

第1位 照葉峡

 11の小滝と清流と紅葉が素晴らしく、

詩人水原秋桜子が日本一の紅葉と称した

みなかみ町の知られざる名所です。

 

 

 

 秋の行楽に遊びに来てはいかがでしょうか?

 その際は、サングラス等で目のUVケアをお忘れなく!

 

 

三共社高崎店  百々

掛布 雅之 阪神復帰

アラフォー以上の阪神ファンの方は大喜びされた方も多かったのではないでしょうか。

私も少年時代に一番好きな選手でしたので、クライマックスシリーズあっさり敗退のショックも吹き飛ぶほど嬉しかったです。(GM付育成&打撃コーディネーターという聞いてもよくわからない役職ですが)

阪神に復帰するのは26年ぶりだそうです。

復帰できなかった理由はいろいろ噂されておりますが、私にとってはどうでもよく、何があっても、掛布は永遠のミスタータイガースなのです。

 

残した成績もすごいのですが、俺が阪神の四番だ!俺が阪神の顔だ!というオーラが伝わってくるのがすごかったです。

バッターボックスでバットを回しながら体中を触りまくるしぐさ(小学生が真似すると監督に「はよせぃ!」と怒られます)、手のひらをペロッと舐めるしぐさ(これも真似すると、家に帰ってから母親に「汚いからやめなさい!」と怒られます)、投手が投げる前にお尻をプリプリッと振るしぐさ(これは真似しても怒られませんが、みんなに笑われるので勇気が必要)など何をやっても、かっこよかったです。

 

背番号の31という数字も私にとって特別な番号であり、ロッカーなどを選ぶときは、いまだに31番を探してしまいます。31というと掛布しかイメージできず、サーティーワンを初めてみたときは掛布がアイスクリームの経営にまで手を出したと本気で思っていました。

 

 

 

掛布について書き出すと止まらないので、このへんで止めて置きます。

阪神のコーチだといろいろ大変だと思いますが、精一杯応援致しますので、がんばって下さい。

近い将来、掛布監督が誕生するのを期待しています。その時は巨人も思い切って江川さんを監督にしてほしいですね。

 

大阪店営業部  桑元