
べっ甲とは、タイマイと呼ばれる特定のウミガメの甲羅を素材とした天然素材です。
日本ではその歴史は非常に古く、飛鳥・奈良時代にはすでに装飾品として用いられていたと伝えられています。
眼鏡の素材として使われるようになったのは江戸時代。以来、べっ甲は日本人の生活と静かに寄り添ってきました。
べっ甲フレームが放つ独特の存在感は、決して派手なものではありません。
むしろ、初めて手に取ったときに感じるのは、どこか懐かしく、落ち着いた感覚です。
それは、この素材が長い時間を生き、使われ、受け継がれてきた「記憶」を内包しているからかもしれません。
過去を学ぶのではなく、過去を身にまとう。
べっ甲フレームは、そんな感覚を自然に受け入れさせてくれる素材です。
失われた番地に宿る、115年の眼鏡史
オリジナルべっ甲アイウェアブランド
「341 three fortyone」。
この数字は、単なる型番や記号ではありません。
かつて東京府東京市本郷区湯島天神町に存在した、今はもう地図から消えてしまった番地――「341」。

そこは、115年にわたり眼鏡と共に歩んできた三共社の原点の地でした。
場所は失われても、時間は消えません。
三共社が大切にしてきた「品質へのこだわり」「誠実さ」「志」は、今も変わらず受け継がれています。
悠久の時を刻むべっ甲という素材と、眼鏡と向き合い続けてきた三共社の時間。
この二つが出会ったとき、「べっ甲は、単なる高級素材ではない」という確信が生まれました。
自然の恵みと、人の技、そして時間が融合して初めて成立する――
それが「341 three fortyone」のべっ甲フレームです。


べっ甲フレームは、完成しない眼鏡
べっ甲フレームの魅力は、購入した瞬間が完成ではないという点にあります。
長年べっ甲フレームに携わってきた弊社営業は、こう語ります。
「べっ甲のフレームは、顔にすごく馴染んでいくんです。動物性素材であるべっ甲は、かける人の体温や生気を受け取りながら、時間を重ねるごとに、その人の顔の一部のように馴染んでいきます。同時に、日々の使用の中で汗や皮脂などの影響も受け、素材の表情は少しずつ変化していきます。その変化に合わせて、職人の手でごくわずかに削り、整え、また使い続けるんです。」
そうして手入れを重ねるたびに、フレームは静かに生まれ変わっていきます。
かつては、べっ甲の眼鏡が親から子へと受け継がれることもありました。
それは単に高価なものを引き継ぐという話ではなく、「時間を引き渡す」という行為だったのかもしれません。
やがて、削りを重ねて薄くなったタイミングで、新しい一本を迎える。
べっ甲フレームは、使い捨てるものではなく、時間と共に育て、付き合い、そして手放す。
そんな循環の中に存在する眼鏡です。

高級嗜好品ではなく、生き方として
現在、べっ甲フレームは希少性が高く、価格も数十万から、ものによっては百万円を超えるものもあります。
しかしその価値は、「高級嗜好品」という言葉だけでは語り尽くせません。
量産はできず、流行にも左右されない。
素材の個体差を受け入れ、手入れをしながら長く使う覚悟が必要です。
だからこそ、べっ甲フレームを選ぶという行為は、「モノを買うこと」ではなく、時間と向き合う姿勢を選ぶことに近いのかもしれません。
過去をまとい、今をかける。
それは、千年の時間を宿した素材を身に引き寄せ、今日の自分として世界を見るという選択です。
そして、使う人の人生に寄り添いながら、また自然へと還っていく――。
それが、私たちが考えるべっ甲フレームという選択です。


341カタログはこちら

