頑張れ福島

原発事故以降福島は苦しんでいます。

しかし今年のNHK大河ドラマ 八重の桜が放映されています。

 

私個人的に会津の歴史および風土並びに観光地が大好きです。

 

それから会津魂には心を打たれました。

そして会津人気質が大好きです。

 

幕末の動乱の折、京都の治安を維持するべく幕府より命令をうけ京都に赴いた藩士。

時の天皇の死より薩長軍から朝敵にされ、その後、戊辰戦争で徹底的に攻められ敗戦のち津軽に転封されました。

 

是非大河ドラマを見て、会津の観光に行きましょう。

 

 

 

八重17歳のころ(1862年)、会津藩主・松平容保が徳川家より京都守護職に任命されたことで会津の悲劇は幕を開ける。兄・覚馬らは西郷隆盛率いる薩摩藩と禁門の変で長州軍を破るも、薩摩の寝返り、日和見主義の諸藩の動きの中にあって忠義を貫く会津藩。しかし、鳥羽・伏見の戦いで幕府軍は敗れ、会津は新政府軍から「逆賊」として扱われる。新政府軍との力の差は歴然。女や子どもを含め、多くの仲間が次々と死んでいく中、鶴ヶ城籠城戦で男装し、自ら銃を持ち夫・川崎尚之助とともに最後まで奮戦した八重だったが、白虎隊隊員の無念の死や、夫との別れを経て、会津戦争の敗北を自らの中で受け入れていく。途方もない喪失感の中、八重はそれまでの生きがいであった鉄砲を捨てる──。

 

逆賊、時代遅れ…そう世間に罵られる中、八重と会津の仲間たちは新たな生き方を模索。再び兄の導きにより京都へ、そこで「知識」という新たな生きがいを得る。鉄砲から知識へ。手にする武器は変われども、女ながらも「ならぬことはならぬもの」と会津のプライドを貫く八重は、京都でも存在感を増し、アメリカで西洋文化に触れた青年・新島襄をも魅了、結婚する。封建的風潮の残る中、男女の平等を望む八重は、西洋帰りの夫を「ジョー」と呼び捨てにし、レディーファーストを取り入れる。その奇妙でおかしくもある夫婦関係を世間が罵っても、八重はまるで気にしない。その生きざまを夫は「ハンサムウーマン」と称した。

 

日清、日露戦争が起こると、会津戦争の原風景が残る八重は、仲間とともに篤志看護婦として名乗りをあげる。戦場に女が行くなど考えられなかった時代、八重たちは果敢に行動していく──。

 

フレアー事業部  国見