その日、私は家で英文タイプライターの練習をしていました。
当時通っていた短期大学の授業科目の中に、英文タイプライターがあったのです。
タイプライターの内部には、小さな小さなハンマーのようなものがたくさん束になって入
っています。そのハンマーのようなもののそれぞれ1本に1個、アルファベットや記号の1文字が彫り付けられています。
ガチャン!とキーを押すと、そのキーにつながっている1本が手前から向こう側へ向かって振り下ろされていきます。その1本は、横長にセットされているインクリボンをたたきます。そうしてインクリボンの下にセットされている紙に文字が印字されます。この繰り返しで文章をタイプしていきます。
紙の幅の終わりに近づいてくると、リーン!とベルが鳴って改行をうながしてきますので、
タイプライターの右側に取り付けてあるレバーをつかんで、右から左にぐいっとスライドさせて改行します。
畳の部屋でしたので、低いテーブルの上にタイプライターを置き、正座して練習です。
ガチャンガチャンガチャンガチャン、リーン!ガチャンガチャンガチャンガチャンガチャン、リーン!タイプライターを使っている時は、とてもにぎやかです。
しばらく夢中になって練習していました。が、自分のすぐ左側で何かが動いている気配がします。目をやりますと、猫が「おすわり」をしていました。私がタイプし終えて畳に放置していた紙を、首をかしげながら爪をひっこめた前足でつっついています。
・・・うちでは、猫、飼ってません。
白黒のまだら模様の、かわいらしい猫なのですが、いくらかわいらしくても、いるはずのないものがいきなり現れると、大変に驚きます。
反射的にうわあああっ!!と大声をあげてしまいました。猫はこの声に驚いて私を見ます。
互いに固まったまま見つめあうこと数秒。猫は顔をふいっとそむけて細く開いていた窓から出ていきました。
考えてみれば、何か細かいものがかわるがわるガチャンガチャン動いていて、時々リーン!と音がして、紙がひらひらしていているのですから、猫に好奇心をもつな、入ってくるなというほうが無理な話です。
もう少し、見せてあげればよかったかなと、ちょっと後悔しました。
以上、社会人になって会社で働くようになったら、タイプライターを使うものだと信じていた頃の、のどかな時代のお話です。
実際には会社でタイプライターを使うなどということは一切なく、世の中はコンピューターの世界へとあっという間に変わっていきました。
ただ、英文タイプライターの練習は、ちゃんと役に立ったのです。そう、アルファベット部分のブラインドタッチは習得できていましたので。ぎりぎり何とかコンピューターの世界へのっかる事ができました。崖っぷちでぶらさがっている様な状態ですが。
あの頃の私が「えっくすぴーのさぽーとがおわってしまうから、せぶんかえいとにしたほうがよいですよ」と言われたら、どう思ったことでしょうか。きっと何か怪しげな勧誘だとしか思えなかったに違いありません。
xpのサポート終了につき、家のパソコンの対策のために息も絶え絶えになりながら、そんなことを思いました。
今後も何とか振り落とされぬよう、努力したいとは思う。思うのだが、次のサポート終了は100年後にしてくれよと内心毒づいてしまいました。
経理部 倉田








