先日NHKで「カラーで蘇る東京」という番組を観ました。
会社が湯島ですので帰宅途中に通る秋葉原の万世橋駅の姿や三共社のすぐ横にある不忍池を歩く戦前の人など現在の姿と照らし合せながらみると人々の生活が自分の生まれる前から連綿と続いているという事が不思議な感じがして同じ場所に立ってみると常に更新されていく今現在とはいったい何時なんだ?なんて思ったりしてしまいます。
この番組をみて亡くなった祖母の事を想いだしました。
番組の最後に太平洋戦争直後の浅草の町が出て来たのですが、私の父は浅草出身でテレビに出た場所はソコから歩いて10分足らずの場所でした。
いちめん瓦礫の山で小さな子供が遊んでいたのですが丁度父親位の齢の子で自分の父親と重ねてしまいました。
そんな現在の姿からは全く想像も出来ない廃墟の中で私の祖母は女手ひとつで4人の子供を育てました。
東京大空襲の時は防空壕の中でトイレに行きたくなり危ないからと他の人に止められましたが、どうしてもと外に出ると周りが真っ赤に燃え上がっていたそうです。
そこから群衆のなか墨田川を渡って火の気の少ない方へ逃げて助かったのですが、その時眉毛が燃えて、それから生えてこなくなったと話していました。
祖母にとって私は始めての内孫でしたので生まれた時は非常に喜んでくれたそうで、私の名前は祖母が調べてくれたお陰で最高の字画を誇っています。
そんな愛情と恩義を受けながら健在な内にろくな孝行も出来なかった事がとても残念で情なくなってしまいました。
戦争は自分のせいで起きたわけでもないのに不条理に人の生命や財産を奪ってしまう残酷なものですが昔の人々はそこから逞しく立ち直り、現在の経済大国日本を作り上げてきました。私の祖母も親戚の助けを受けながらも相当頑張ってきたのだとおもいます。
しかしながら最近の人は何か問題が起きるとすぐ人のせいにしてしまいがちなのでは無いでしょうか。
自分は大した人間ではありませんが、せめて問題が起きても人のせいにせず自分に責任があると考えられる人間でいたいと思います。
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