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【仏ガールっていくつまで?】

仏像はお好きでしょうか?

もはやガールではないので、ただの仏好きです。

 

社会人になって京都に何度も遊びに行くうちに、

お隣の奈良へも寄ってみたのがきっかけで、

すっかり仏像好きになりました。

 

好きになる程の衝撃を受けたのは、

奈良の真ん中にある『興福寺』にいらっしゃる『仏頭』でした。

 

にこっとしてパンパンにはち切れんばかりのぷくぷく幼顔。

なのに後頭部には大穴があいているのです。

しかも首から下はナシ。

不穏。

こころなしか横顔が歪んでいます。

 

 

7世紀に鋳造され、12世紀に興福寺にお迎えされ

(興福寺の僧兵が強奪してきたとも表現されています。

興福寺は大きく強いお寺だったのです)

15世紀の室町時代に火災で胴体が損失します。

この時に歪んで大穴があいてしまったのです。

 

その後はずーっと消えていました。

時と共にきっと忘れ去られていたはずです。

 

それが数百年の時を経て、

昭和12年に修理していた須弥壇の中から発見されたという、

波瀾万丈な来歴をお持ちの仏様です。

 

とても穏やかにほほえまれて美しいのですが、

過酷な過去がおありなんです・・・。

 

そこに萌えるのは不謹慎でしょうか。

 

 

仏頭を含めた国宝の宝庫、

かつ、大きくて強い興福寺でさえ荒れ果てていた時代がありました。

明治初頭の廃仏毀釈で衰退していったのです。

明治5年に廃寺となって、

明治14年に再び住職を置くことが認められるまでは

興福寺は無住の寺であったそうです。

涙。

 

 

数年前の国宝展で166万人(神戸市の人口位です!)

の入場者を集めた阿修羅像ですら、

こんな姿で置かれていました・・・。

腕もいくつか欠損していらっしゃいました。

 

 

岡倉天心らにより修復されたそうです。

よーく見ると修復前と後で手の位置が微妙に違います。

一番下のむかって左のひじの高さが、

いまの高さではないように見えます。

え、見えませんか?

今のような合掌姿ではなくて、

何かを持っていたのではという説もあるそうです。

 

166万人の功徳のおかげかはわかりませんが、

国宝館はリニューアルして素敵な雰囲気になりました。

 

しかも!ここが重要!

ガラス越しではなく、同じ空気の中で直に仏様を拝むことができます。

リニューアル後にはじめて訪れた際、腰が抜ける思いでした。

快挙です。

 

そのむかし、修学旅行で訪れた時の「社会科資料室」臭も、

もはやいたしませんっ。

ゴージャスです。

 

 

みなさま仏像なら奈良。

まずは興福寺です。

 

 システム部  内田

 

 

 

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