少しオーバーなタイトルに見えるかもしれないが
わたしは最近本気でそう思いだしている。
わたしは団塊Jr.世代の50代。
通称、おじさんである。
体力も集中力も落ち始め、多くの先輩方もこの険しい道のりを歩んで来たかと思うと
まさにrespect-love-life.
おじさんは疲れている。
そんなものは、おじさんになる前から見れば解っていた。
しかし、こんなにも疲れるものかと当事者になって思うのは
目の疲れである。
こんなにも見えなくなるものか…
そしてこんなにも見えないと疲れるものなのか…
今となっては、闇が幼少時代よりも怖い。
しかし、われわれメガネ業界の人間は幸せだと思う。
遠近両用レンズや高級レンズのことを知っている。
数日前まで見えていたものが、突然見えなくなり出しても
これですね!ついにわたしも来ました。
キテマス、キテマスと言いながら秘密兵器の新しいレンズを発注する。
そう、解決策を知っている。
問題は、ここだ。
同世代の友人と話しても、遠近両用レンズや高級レンズのことを知ってる友人は皆無だ。
遠近両用レンズを試したことがある友人も、ゆがみに慣れなくて辞めたらしい。
この情報にあふれかえったSNSの時代でもこの有様である。
この失われた30年を先に歩んできた先輩おじさん達が知る由もないはずだ。
目のよく見えないおじさんは、戦場の負傷兵と同じだ。
戦える訳がない。
この責任は、われわれメガネ業界の物の売り方に責任があると思う。
ファッション性ばかりに走り
売りやすいように安いレンズを抱き合わせで販売した。
メガネの本質である、物の見え方ではなく
周りの人からの見え方ばかりを気にしていた。
こんなビジネススタイルを何十年も続けた。
その結果、仕事のベテランであるおじさんの戦闘力を削り続けた30年。
失われた30年、われわれに少しも責任がないと言い切れるだろうか?
ブランドのフレームは普通におすすめしても
追加10万の高級レンズをおすすめするのには躊躇してしまう。
もう一度言うが、大切なのは
見られ方ではなく、見え方だ。
「見栄」ではなく「見え」である。
確かに10万は高額だが、ベテランのおじさんが仕事に集中できれば
本当はこのくらい安いものだ。
物の見え方が、明らかに違う。
当然疲れ方も違う。
そもそも、遠近両用レンズって名称も良くない気がする。
水陸両用車両と同じくらい自分には関係ないもののような気がする。
大人用レンズ
これでいいのでは?
お客様のメガネをかけた時の見え方は、われわれには分からない。
しかし、見た目はわかる。
似合ってるかどうか。
簡単な方に、われわれメガネ業界は逃げすぎたのではないだろうか。
もう一度初心に戻り、見え方の基礎研究から学び直す必要があるかもしれない。
特にメガネの商社であるわたしたちは本気で反省が必要だ。
お客様はメガネを買いに来ている。
だからメガネを売っていた。
これが誤りだ。
お客様は、見え方を買いに来ている。
だから見え方を売る。
これを情熱と責任を持って、お客様におすすめしていくのが
われわれの責任ではないだろうか。
わたしは、この文章を人に読んででもらう為ではなく
自分にしらしめる為に筆を取っている。
もし、最後までお読みいただいた方がいたら
感謝と共に、不愉快な文言があったら申し訳ございません。
これは自分の為に書いている旨をご理解いただければと思います。
そして最後に、声を大にして言いたい。
若者よ、おじさんになったらレンズにお金をかけるべし。
そして、集中したい時はモーツァルトを聴け。
おじさんは、遥か昔のように眠くならない。
respect-love-life








